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北条氏政(ほうじょう うじまさ)

Category: 戦国武将

概要

所属  : 北条家

没年齢 : 52 (1538 – 1590)

①四代目当主

相模の大名、北条氏康の次男として生まれた北条氏政は、兄、北条氏親が死去すると嫡男として育ち、甲相駿三国同盟において武田信玄の娘、黄梅院と結婚する。父、氏康が隠居すると家督を継ぎ、北条家の四代目当主となる。上杉謙信が小田原城を包囲するも、氏政は氏康と共に小田原城の戦いで謙信を撃退する。その後、謙信や佐竹義重と結んだ里見義堯に三船山合戦で敗れ上総を奪われる。桶狭間の戦いで今川義元が死去すると信玄が三国同盟を破り駿河に侵攻。氏政は信玄との同盟を破棄し今川氏真を救援する。

②武田、上杉との戦い

信玄と敵対することになった氏政は黄梅院と離縁し徳川家康と同盟を結ぶ。また、謙信に弟の上杉景虎を養子に出し謙信とも越相同盟を結ぶ。信玄が小田原城を包囲するとこれを撃退するも、追撃戦の三増峠の戦いに敗北する。その後、信玄と甲相同盟を結び、同時に謙信との越相同盟を破棄する。その後、義堯の子、里見義弘と房相一和を結び上総を押さえる。謙信死去後の御館の乱では、武田勝頼と共に弟、景虎の救援に向かうも失敗。勝頼は上杉景勝と結び甲相同盟が破棄される。氏政は子の北条氏直に家督を譲るも実権を維持する。

③天正壬午の乱、そして小田原城落城

本能寺の変で織田信長が死去すると、氏直に上野の奪回を命じ神流川の戦いで滝川一益を破る。家康も甲斐に侵攻すると氏直は若神子の戦いで家康と対峙するも氏政は氏直を家康の娘、督姫と結婚させ和睦する。しかし豊臣秀吉が勢力を拡大すると景勝、義重、家康ら氏政の周囲の大名が秀吉に帰属。氏政も弟、北条氏規を上洛させ従属しようとするも、秀吉が裁定した沼田問題に違反したとして小田原征伐を招く。氏政は小田原城に籠城し約三か月間、秀吉の包囲に耐えるも、支城が次々と落とされついに降伏。切腹となる(1590.7)。


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