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梅田雲浜(うめだ うんぴん)

Category: 幕末志士

概要

所属  : 小浜藩 柳の図子党

没年齢 : 44 (1815 – 1859)

①藩の教育者へ

小浜藩士、矢部義比の子として生まれた雲浜は、藩校、順造館で学んだ後、藩の儒学者の山口菅山から儒家神道を学び尊王攘夷の思想を持つようになる。その後、祖父の家系の梅田家の家督を継ぐと、大津で湖南塾を開く。その後、京都の藩塾、望楠軒で講師を務める。

②尊王攘夷の志士へ

しかし雲浜が尊王攘夷思想を藩主の酒井忠義に建言すると忠義はこれを拒絶し、雲浜は藩籍を剥奪される。翌年、黒船が来航すると雲浜は柳の図子党の一員として岩倉具視らと交流を持ち攘夷活動を活発化させる。また、長州大和間の物産交易の事業を行い、資金集めの成功と同時に長州藩士とも交流を持つようになる。

③安政の大獄

京都で尊王攘夷の志士たちの先鋒となった雲浜は幕府の政策を非難する。しかし井伊直弼が大老に就任すると攘夷派の弾圧が開始され、小浜藩主の忠義が京都所司代として入京。雲浜は捕縛され江戸に送られる。取り調べでは黙秘を続け約一年後に獄中で病死する。


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