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浅野長政(あさの ながまさ)

Category: 戦国武将

概要

所属  : 豊臣家

没年齢 : 64 (1547 – 1611)

①大津城主

尾張の宮後城主、安井重継の子として生まれた長政は、織田信長に仕える叔父の浅野長勝の養子となり浅野家の家督を継ぐ。同じく長勝の養子となっていたねねが豊臣秀吉の正妻となり、長政は秀吉に従うことになる。長政は小谷城の戦い、賤ヶ岳の戦いなどで戦功を挙げ近江大津を与えられ、大津城を築く。

②豊臣五奉行

京都奉行職に任命された長政は太閤検地を行う一方、九州征伐に参陣。小田原征伐では石田三成に従い忍城の戦いに参陣し、忍城攻略に難儀する三成に代わって長政が指揮を執るようになる。その後も奥州仕置、九戸政実の乱に奉行として実務を担当する。長政は甲斐府中を与えられ豊臣五奉行と称されることになる。

③三成から家康へ

長政は三男の浅野長重を宇都宮国綱の養子にしようとするも、国綱は家臣の反対により縁組を反故にする。長政はこれを秀吉に訴え国綱は改易となる。国綱は佐竹義宣と同盟関係にあり義宣も改易処分となるも、三成が秀吉に訴えて義宣の改易は赦免される。これにより長政は三成と対立する。秀吉が死去すると、長政は前田利長と共に徳川家康の暗殺を企てたとして謹慎処分となり、家督を長男の浅野幸長に譲って隠居する。関ヶ原の戦いでは家康の東軍に付いて幸長を出陣させ、戦後、常陸真壁を与えられその地で死去。


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