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九条兼実(くじょう かねざね)

Category: 源平武将

概要

所属  : 藤原家(北家)

没年齢 : 58 (1149 – 1207)

①関白補佐

関白、藤原忠通の六男として生まれた兼実は、兄の近衛基実、松殿基房と共に公卿に昇進する。基実が病死すると基房が関白として政権を握るも、平清盛が治承三年の政変で後白河法皇を幽閉、関白の基房を追放すると、基実の子、近衛基通が関白となる。清盛は兼実の長男、九条良通を基通の補佐役に昇進させ、兼実も基通の補佐を行うようになる。

②征夷大将軍任命

以仁王の挙兵以降の源平合戦では、兼実は後白河法皇と距離を置き、日記として「玉葉」を書き残しながら傍観の立場をとる。平家滅亡後、源頼朝が後白河法皇に兼実を内覧に任命するよう要請。兼実は摂関家の長者となり積極的に朝廷内の改革を行う。その後、子の良通を失うも兼実は太政大臣への昇進を遂げ、奥州合戦に勝利した頼朝が上洛すると兼実は頼朝との対面を果たす。後白河法皇が死去後、兼実は後鳥羽天皇を擁立して頼朝を征夷大将軍に任命する。

③建久七年の政変

しかし天皇による政治を目指す後鳥羽天皇と次第に対立。さらに頼朝が娘の大姫を後鳥羽天皇へ嫁ぐよう計画を進めると兼実は頼朝からの支援を失う。ついに兼実は後鳥羽天皇に嫁いでいた娘の九条任子が皇子ではなく皇女を産んだことがきっかけとなり関白を罷免され失脚する。兼実は出家。次男の九条良経が死去するとその子、九条道家を育て死去する。


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