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千葉常胤(ちば つねたね)

Category: 源平武将

概要

所属  : 源家

没年齢 : 83 (1118 – 1201)

①保元の乱

平氏の末裔、千葉常重の子として生まれた常胤は、父、常重が源義朝と領地の下総を巡って対立するも、常胤が跡を継ぐと義朝の家臣となり保元の乱に参陣して勝利を得る。平治の乱後、常陸の佐竹隆義の弟、佐竹義宗と下総相馬を巡って対立するも敗れ相馬の支配権を失う。

②佐竹家との戦い

源頼朝が挙兵し、石橋山の戦いに敗れて房総半島に入ると、頼朝の家臣、安達盛長が常胤を訪問。常胤は頼朝に従い鎌倉を拠点とするように進言する。富士川の戦いの勝利後、常胤は上総広常と共に隆義の子、佐竹義政、佐竹秀義兄弟を討つことを頼朝に進言。金砂城の戦いで義政、秀義を破り常胤は下総相馬を奪還する。

③御家人として

その後、広常が謀反を疑われ頼朝に誅殺されると常胤は上総も支配下に置く。平家追討戦では源範頼の軍に属し、一ノ谷の戦い、葦屋浦の戦いに参陣。奥州合戦では八田知家と共に東海道軍の大将となり常陸を通って太平洋側を北上。鎌倉軍の勝利に貢献する。その後、香取神宮を掌握し鎌倉幕府の御家人として勢力を定着させる。


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