menu

今井兼平(いまい かねひら)

Category: 源平武将

概要

所属  : 源家

没年齢 : 32 (1152 – 1184)

①義仲四天王

信濃木曽の豪族、中原兼遠の次男として生まれた今井兼平は、父、兼遠が木曽義仲を養子としたため義仲と共に育つ。兼平は実の兄、樋口兼光と共に義仲に従い、さらに兼平の妹、巴御前は義仲と結婚。兼平は義仲の側近となり義仲四天王と呼ばれるようになる。

②般若野の戦い

義仲は信濃で挙兵し、鎮圧に来た城長茂率いる平家軍を横田河原の戦い(1181.6)で破った後、越後に入る。これを追討するため平維盛率いる平家軍本隊が越中に入ると、義仲は決戦のため出陣。その先鋒隊として兼平は平家軍より先に越中に入り陣を敷く。平家軍の先鋒の侵攻が般若野で止まると、兼平は夜襲を決行し般若野の戦いに勝利する。

③忠臣

その後、兼平の先鋒隊に義仲の本隊が合流し、兼平は義仲と共に俱利伽羅峠に進軍。維盛率いる平家軍本隊を俱利伽羅峠の戦いで打ち破り義仲に従って入京を果たす。しかし源範頼源義経率いる義仲追討軍に宇治川の戦いで敗れると兼平は義仲、巴ら五人で落ち延びる。しかし範頼率いる追討軍が迫ると兼平は一人、義仲に従い、粟津の戦いで義仲が討たれると兼平も自害する(1184.1)。


< NEXT 畠山重忠(はたけやま しげただ)

PREV > 那須与一(なすの よいち)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)