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藤原秀衡(ふじわらの ひでひら)

Category: 源平武将

概要

所属  : 藤原家(奥州)

没年齢 : 65 (1122 – 1187)

①奥州藤原氏、最盛期

奥州藤原氏の二代目当主、藤原基衡の子として生まれた秀衡は、父、基衡が死去すると家督を継ぎ三代目当主となる。平泉を拠点にした奥州藤原氏は、初代の藤原清衡が中尊寺、二代目の基衡が毛越寺を再興させたのに続き、秀衡も無量光院を建立。平泉を平安京に次ぐ大都市へと繁栄させ、奥州藤原氏の最盛期を築く。

②義経の保護

平治の乱に敗れた源義朝の子、源義経が亡命してくると秀衡は義経を保護。しかし義経の兄、源頼朝が平家打倒のため挙兵すると義経は頼朝の元へ向かう決意をする。秀衡は家臣の佐藤継信、佐藤忠信兄弟を護衛に付け、義経を送り出す。秀衡は平家の棟梁となった平宗盛に味方に付くよう要請されるも、秀衡は宗盛、頼朝どちらにも付かずに中立、独立を保つ。

③頼朝との対決へ

しかし源平合戦で平家が滅びると、頼朝はついに奥州の支配に向けて動き出す。秀衡は頼朝に配下となるよう圧力をかけられる中、頼朝との衝突を避けながら耐えしのぐも、頼朝に追われた義経が再度秀衡を頼って亡命してくると、秀衡は頼朝との対決を覚悟して義経を受け入れる。その後も圧力を強める頼朝に、秀衡は長男の藤原国衡と次男の藤原泰衡に頼朝の攻撃に備えるため義経を主君として結束するよう遺言を残し、頼朝侵攻の憂いの中、死去する。


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