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藤原信頼(ふじわらの のぶより)

Category: 源平武将

概要

所属  : 藤原家(北家)

没年齢 : 27 (1133 – 1160)

①武士の力

藤原忠隆の子として生まれた信頼は、後白河天皇の側近として仕え、後白河天皇の寵愛を受けて公卿に昇進する。権力を得た信頼は東国の支配を進めるため、弟の藤原信説を武蔵守として関東に送り込み、関東に勢力を持つ源義朝に接近。義朝が大蔵合戦を引き起こしても罪に問わず、義朝を支配下に置くようになる。さらに兄の藤原基成を陸奥守として東北送り込み、東北に勢力を持つ藤原秀衡に基成の娘、徳尼公を嫁がせ、奥州藤原氏とも関係を築く。

②最大の権力者へ

さらに西国に勢力を持つ平清盛とも接近。信頼は子の藤原信親を清盛の娘と婚約させる。武士の力を得て着実に権力を強める信頼であったが、保元の乱が起こると乱の勝者となった信西が政権に台頭し、信西に不満を持つ旧臣たちが軍事面で権力を持つ信頼を擁立。ついに信頼は信西を討つために挙兵する。信頼は清盛が熊野詣に出立した隙を狙い後白河上皇と二条天皇を自らの陣営に確保。さらに義朝に信西を討たせ、信頼は最大の権力者となる。

③不覚人へ

しかし清盛が帰京すると状況は一変。後白河上皇と二条天皇は清盛によって奪還され、信頼の子の信親と清盛の娘との婚約も解消。賊軍となった信頼と義朝は官軍となった清盛に六波羅合戦で敗れ逃亡する。信頼は東国へ落ち延びる際に義朝と再会するも、義朝はあっけなく天皇を奪われた信頼を「日本一の不覚人」と拒絶。信頼は後白河上皇に助命を嘆願するも許されず処刑される。


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