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藤原通憲(ふじわらの みちのり)

Category: 源平武将

概要

所属  : 藤原家(南家)

没年齢 : 54 (1106 – 1160)

①信西(しんぜい)誕生

藤原実兼の子として生まれた通憲は、父、実兼が急死すると高階経敏の養子に入って学業に励み、博識家として知られるようになる。しかし重要な役職は世襲化しており、高階家に入った通憲はその才知を生かす役職に就くことが困難となると、鳥羽上皇や藤原頼長の制止を振り切って出家し、信西となる。

②実権を握る

信西となった通憲は鳥羽法皇の信任を受けて権力を持つようになり、近衛天皇が崩御すると後白河天皇を即位させ、鳥羽法皇が崩御すると信西は保元の乱で源義朝を味方にして後白河天皇を勝利に導く。さらに信西は美福門院との協議により二条天皇を即位させる。

③平治の乱

権力者となった信西は二条天皇の側近に長男の藤原俊憲を送り込む。しかしこれにより信西は周囲からの反感を買うことになる。平清盛が味方に付くと期待した信西は、義朝を味方につけた藤原信頼と対立。しかし清盛が熊野詣に京都を立つと義朝が信西のいる御所を襲撃する。信西は事前に襲撃を察知して山城田原まで逃れるも、追っ手に見つかり自害する。


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