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毛利敬親(もうり たかちか)

Category: 幕末志士

概要

所属  : 長州藩

没年齢 : 52 (1819 – 1871)

①長州藩主

長州藩主となった敬親は村田清風を起用して藩政改革を行い、藩校明倫館も再興し有能な藩士を育てる。黒船来航後は周布政之助を起用して「攘夷」を藩論とし、洋式軍制を導入、藩政改革を進める。さらに長井雅楽を起用し開国して国力を蓄えその後に攘夷を行う「航海遠略策」を藩論とする。

②第一次長州征伐

しかしこの策は吉田松陰を罰した幕府の策と同様であり、木戸孝允久坂玄瑞にとって受け入れがたいものであり、彼らが周布を説得、敬親は「攘夷」に藩論を戻すことになる。長州藩は外国船に砲撃を加え単独攘夷を決行、また、御所に向かって発砲し禁門の変を引き起こす。幕府は敬親を朝敵とし第一次長州征伐を行い、敬親は三人の家老、益田親施、福原越後、国司信濃を切腹させ恭順する。

③第二次長州征伐

敬親は謹慎し藩内では椋梨藤太ら佐幕派が台頭するも、高杉晋作の挙兵が成功し倒幕派が実権を握る。幕府はこれを警戒、第二次長州征伐が行われるも、木戸による薩長同盟、大村益次郎による軍制改革などによって長州藩は幕府の攻撃を退けることに成功。長州藩は王政復古の大号令を成功させ敬親は朝敵を解かれる。維新後、版籍奉還を行い隠居する。


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