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徳川慶勝(とくがわ よしかつ)

Category: 幕末志士

概要

所属  : 尾張藩 江戸幕府 明治政府

没年齢 : 59 (1824 – 1883)

①高須四兄弟

高須藩の松平義建の子として生まれた慶勝は、徳川御三家の筆頭藩である尾張藩の藩主となる。弟に、徳川慶喜が将軍となった後に一橋家を継いだ徳川茂徳、会津藩を継いだ松平容保、桑名藩を継いだ松平定敬がおり、彼らは高須四兄弟と呼ばれる。藩主となった慶勝は藩政改革を行い、黒船来航後は御三家として幕政にも関わるようになる。

②第一次長州征伐総督として

彦根藩の井伊直弼が大老となり天皇の勅許なしに日米修好通商条約を結ぶと、慶勝は御三家の水戸藩、徳川斉昭らと共に江戸城に登城し井伊に抗議するも不時登城の罪で隠居謹慎となる。井伊が暗殺されると慶勝は政界に復帰し参与会議の構成員に推挙されるも固持、第一次長州征伐では幕府軍の総督となるも薩摩藩の西郷隆盛に処分を一任、大規模な戦争を回避する。

③青松葉事件

慶喜が大政奉還を行うと慶勝はこれを支持、慶喜が新政府に参加することを視野に入れ新政府の構成員となる。しかし慶喜は排除され戊辰戦争に発展、尾張藩に徹底抗戦を主張する動きが高まる。慶勝は朝廷の命により尾張藩に帰国し抗戦派の粛正を断行する。この青松葉事件により尾張藩は新政府との戦争を避ける結果となる。戊辰戦争後、慶勝は新政府を辞任、容保や定敬の助命嘆願を行う。


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