menu

鍋島直正(なべしま なおまさ)

Category: 幕末志士

概要

所属  : 佐賀藩 明治政府

没年齢 : 56 (1815 – 1871)

①佐賀藩主

財政破綻に陥っていた佐賀藩であったが、直正が藩主となると役人の削減や産業の奨励によって財政を立て直す。また、佐賀城の再建や藩校弘道館の拡張により人材育成にも努める。さらに蘭学を通して西洋の技術を導入し、反射炉の開発に着手。アームストロング砲や蒸気船などを独自に製造し近代兵器の取り入れた軍備の改革にも成功する。

②独立、中立

黒船来航では幕府に佐賀藩の技術を提供し攘夷のための台場建設に協力する一方、西洋の技術の高さを知る直正は開国論を唱える。その後直正は薩摩藩が唱える合議制政権の構成員として推薦されるもこれを固辞、有力大名ながら政界では独立、中立的立場をとり佐賀藩内での分裂や他藩との抗争を避ける。

③近代兵器

鳥羽伏見の戦いが勃発後も直正は中立を保っていたが、徳川慶喜らが江戸に退却し新政府軍が勝利するとついに佐賀藩も新政府軍に加わる。その後の戊辰戦争では佐賀藩の近代兵器が活躍し、薩摩藩、長州藩、土佐藩に並び佐賀藩は新政府の中核となる。新政府に入った直正は廃藩置県を率先して受け入れ、北海道の開拓に財政を投入、さらに満州の開拓を提言するなど新時代を切り開く。


< NEXT 徳川慶勝(とくがわ よしかつ)

PREV > 伊達宗城(だて むねなり)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です