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後藤象二郎(ごとう しょうじろう)

Category: 幕末志士

概要

所属  : 土佐藩 明治政府

没年齢 : 59 (1838 – 1897)

①吉田東洋の下で

父を幼く亡くした後藤は土佐藩の実力者かつ後藤の義理の叔父にあたる吉田東洋に育てられる。東洋の塾で板垣退助と共に学び、後藤は東洋に引き立てられ土佐藩の政治に関わる。東洋が暗殺されると東洋に代わって前藩主山内容堂の側近となり土佐勤王党を東洋暗殺の容疑者として弾圧、党首の武市半平太らを処罰する。

②大政奉還進言

その後、海外の情勢を研究するため訪れた長崎で土佐藩の坂本龍馬と関わるようになり、坂本が唱えた新政権の草案「船中八策」を「大政奉還」として藩主に進言、それが取り入れられ将軍徳川慶喜は天皇に政権を返上する。坂本亡き後は海援隊を土佐商会として岩崎弥太郎に引き継ぐ。

③剣豪、政治家

イギリス水兵暗殺事件で海援隊が犯人と疑われると後藤はイギリス公使パークスと交渉。大政奉還後にパークスが襲撃されると護衛であった後藤は襲撃犯を討ち取る。新政権では明治政府に出仕するも政変により下野、板垣と共に政党を組織する。その後も内閣で大臣を歴任する。


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