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武市半平太(たけち はんぺいた)

Category: 幕末志士

概要

所属  : 土佐藩 土佐勤王党 柳の図子党

没年齢 : 35 (1829 – 1865)

①土佐勤王党結成

剣術に優れた武市は道場を開設し中岡慎太郎など多くの門弟を集める。その後、江戸で久坂玄瑞ら尊王攘夷派の志士たちと交流。土佐へ戻ると道場を母体として土佐勤王党を結成する。党には吉村寅太郎坂本龍馬も加盟するが武市は藩をまとめての攘夷、吉村や坂本は即攘夷、という思想の違いのため吉村や坂本、中岡らは脱藩する。

②藩論を攘夷へ

土佐藩は佐幕派であり、武市は藩論を攘夷へとすべく活動を開始。勤王党の那須慎吾らに命じて佐幕派の吉田東洋を暗殺し藩政の主導権を握ることに成功する。土佐藩主山内豊範の上京に武市も随行、攘夷活動の拠点を京都に移す。また、吉田暗殺の調査を行っていた藩士や佐幕派志士らを勤王党の岡田以蔵に命じて暗殺。土佐藩を攘夷へと傾ける。

③勤王党弾圧

勤王党は藩政改革にも着手しようとするが、これが前藩主、山内容堂の逆鱗に触れ処分を受ける。武市は土佐へ帰国し容堂を攘夷派へ取り込もうとするも京都で政変が起き長州藩など攘夷派が一掃される。これに応じて容堂も勤王党の弾圧を強化、武市は暗殺の罪を問われ捕縛される。武市は罪状を否認し続けたため一方的に不敬の罪として切腹となる。


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