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徳川慶喜(とくがわ よしのぶ)

Category: 幕末志士

概要

所属  : 水戸藩 江戸幕府

没年齢 : 76 (1837 – 1913)

①将軍後見職

水戸藩藩主、徳川斉昭の子として生まれ一橋家を相続、一橋慶喜となる。13代将軍となった徳川家定の継嗣として14代将軍に慶喜が擁立されるも、大老井伊直弼の裁断により徳川家茂が14代将軍となる。薩摩藩の権力者島津久光が江戸へ下向すると慶喜は将軍後見職に任命され、会津藩藩主松平容保を京都守護職に任命するなど改革を実行する。

②一会桑政権

家茂が上洛すると朝廷と交渉し幕府の攘夷実行を約束。これに反対した薩摩藩の久光や福井藩の松平春嶽と対立する。慶喜は禁裏御守衛総督となり禁門の変で長州軍を撃破、さらに水戸藩過激派による天狗党の乱を断罪し、尊王攘夷の長州藩や水戸藩とも対立。一橋慶喜は会津藩、桑名藩と一会桑政権を築く。家茂が死去すると慶喜は15代将軍となり、フランスの助言を得て幕政改革を実施。幕府の立て直しを図る。

③終止符を打つ

時流を読んだ慶喜は新政権への参画を見据え政権を天皇へ返上、徳川幕府に終止符を打つ。さらに辞官納地にも応じる姿勢をとる。しかし新政権は慶喜の排除を固持。新政府軍と旧幕府軍は鳥羽伏見で激突する。しかし慶喜は旧幕府軍が戦闘中にもかかわらず江戸へ退却。勝海舟に政局を任せて新政府に恭順、自ら謹慎する。戊辰戦争終了後に謹慎を解かれ、趣味の隠遁生活を送る。


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