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高杉晋作(たかすぎ しんさく)

Category: 幕末志士

概要

所属  : 長州藩 松下村塾 御楯組 奇兵隊

没年齢 : 27 (1839 – 1867)

①尊王攘夷運動

吉田松陰の松下村塾で学び、その後藩命により江戸で学ぶ。その後幕府の使節団として薩摩藩の五代友厚らと上海を視察。植民地化された中国の惨状を知り尊王攘夷運動に傾倒していく。薩摩藩が生麦事件を起こしたのを契機に、久坂玄瑞ら御楯組の志士たちを率い英国公使館焼き討ちを決行する。

②奇兵隊創設

長州藩が単独で攘夷を実行し米仏との間で下関事件が勃発すると高杉は奇兵隊を創設。しかし奇兵隊と藩の正規部隊との間に騒動が起こり、その責任を問われて隊長を罷免される。その後脱藩し京都に潜伏するも木戸孝允に説得され帰郷、謹慎処分となる。英仏米蘭の4か国と下関戦争が起こると高杉は処分を解かれ、講和交渉を担当。植民地化を防ぐ。

挙兵、決戦へ

幕府による第一次長州征伐が計画されると長州藩は恭順派が台頭、高杉ら革新派は再び権力を失う。しかし征伐が実行されると挙兵を決意。伊藤博文らと功山寺で挙兵、山縣有朋の奇兵隊も合流し藩の実権を握る。第二次長州征伐では海軍を指揮し大島口の戦いに勝利、続いて山縣の陸軍と共に小倉口の戦いにも勝利。長州藩を維新の舞台へ送るも、その約半年後に肺結核のため死去。


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