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西郷隆盛(さいごう たかもり)

Category: 幕末志士

概要

所属  : 薩摩藩 精忠組 明治政府

没年齢 : 49 (1828 – 1877)

①島津斉彬と島津久光

薩摩藩主島津斉彬に見出され頭角を現す。過激派思想の影響を受け、月照らと尊王攘夷活動を行う。しかし安政の大獄により月照の命が狙われたため、ともに入水自殺を試みるが、西郷は生還。そのまま奄美大島で身をひそめる。後に大久保利通の計らいで実権を持つ島津久光に帰参を許されるも、有馬新七ら過激派の説得を無許可で行ったため、久光の怒りを買い沖永良部島へ罪人として流される。

②討幕

目まぐるしく変わる情勢の中、再び帰参を許される。禁門の変では、薩摩藩の指導者として長州藩を撃退。その後の第一次長州征伐では長州への軍事侵攻ではなく家老の切腹という妥協案を提示。そして坂本龍馬の仲介により長州藩の木戸孝允と薩長同盟を結び第二次長州征伐に不参加。その後、将軍徳川慶喜による大政奉還が行われるも、公卿岩倉具視らとともに王政復古のクーデターを起こし新政府を樹立。戊辰戦争と呼ばれる旧幕府軍との戦闘を開始する。江戸城総攻撃に際し、西郷は旧幕臣勝海舟との会談により江戸城を無血開城する。

③明治政府、そして西南戦争へ

戊辰戦争後、西郷は薩摩へ帰るも新政府の依頼で政権に入り、廃藩置県を成し遂げて中央政権を確立。その後も岩倉使節団が海外視察中に改革を進めるが、使節団が帰国すると対立。政府を辞任し薩摩に帰る。薩摩での影響力を恐れた政府が西郷の暗殺を計画し、西郷を慕う士族が暴発。西郷は覚悟を決め東京に軍を進める。途中、熊本鎮台を襲い西南戦争が勃発する。各地転戦の後、鹿児島で戦死。


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